アースの皆既日食旅行記(18)最終回

2017年8月21日の皆既日食。最後まで雲に遮られることなく、第3接触を迎えた。

第3接触とは、完全に重なっていた月と太陽がずれ始める瞬間を言い、再びダイヤモンド・リングを拝むことができる。2回目だから感動が薄いかと言えば、むしろ逆で、1回目よりは落ち着いて見られるだけに、感動もまたひとしおである。

わたしにとっては9年、前回の日食(2016年3月インドネシア)を見た人にとっては1年半のあいだ待ち焦がれた数分間が終わった。

太陽が月の後ろからほんの少し顔をのぞかせただけで、あたりは急速に明るくなり、非日常の感覚が薄れてゆく。あと何年も、あの空気を感じることができないとは。

しかし我々 Eclipse Chaser にとって、一つの皆既日食の終わりは次の皆既日食の始まりを意味する。実際、帰りの車の中で早速サラが「次の日食は・・」とネット検索し始めた。深く同調するやら呆れるやら。

さて。

これ以上、書くことはあまりないが、日本に帰り着くまでのエピソードをひとつだけ。というより、エピソードはひとつしかない。

これまでの、ある意味きつい行程が響いてか、サンノゼにあるジョンとサラの自宅に帰り着いた途端、3人そろって体調を崩したからだ。そのため結局、帰国までの4、5日はほとんど彼らの家の中で過ごした。今回はできればシリコンバレーに連れて行ってもらいたかったのだが、やむなく断念。

といっても、特に高熱が出たとか、どこかが痛んだとかではなく、胃や腹具合が悪いという程度。図らずも、「体調の悪い時のアメリカ人の過ごし方」を身をもって学んだわけであるが、これがきつかった。

これまで、海外で長く過ごしても、体調を崩しても、特に日本食が恋しくなった経験はないので、この旅行でもビタミン剤以外は持って行かなかったのだが、今回、いかにもアメリカンな病人食には閉口した。

クソまずいオートミール。ほんとまずい。ぱさぱさのクラッカー。彼らなりに「A社のBクラッカー○○入り」みたいなこだわりがあるようだが、どれもあんま変わらん。

独特のきつい匂いのする缶詰めのスープ。ツナサラダ缶とやらも、健康な時ならおいしいのだろうが、ひたすらくどく、気分が悪くなる。水を入れて電子レンジするだけだったか、とにかく簡単だったので作ってみた「グルテンフリーのCREAM RICE」とかいうシロモノ。見かけは柔らかい餅だったので、これなら行けるかもと口に入れた途端、あまりの塩辛さに顔が歪んだ。

だが全員、調子が悪いため、誰かが腕を振るっておいしい料理を作ってくれるわけもない。

これでは餓死すると危機感を抱いたわたしは、何とか外出できるようになって行ったスーパーで、ごくごくプレーンなパンと、カリフォルニア産「最高級ササニシキ」を購入。

いや、スーパーに「最高級ササニシキ」しかなかったのであって、わたしが我儘を言ったわけではない。(普段は食にうるさいジョンは、当然ながら炊飯器を所有している)

しかし・・カリフォルニア産のジャポニカ米はけっこううまいと聞いていたのに、これがぱさぱさのぽろぽろ。水とか炊飯器とかそういう問題じゃない。「これのどこが最高級やねん!!」と日本語でおもいっきり毒づきながら、笑顔で食べるわたし。

だが米のメシは米のメシだ。

幸い、ジョンがどこかで買ったらしい「瀬戸の香り」というおかかの振りかけ(日本産。涙)があり、また予感があったのか、わたしが成田空港でふと思いついて買ったおみやげ用の玄米茶とほうじ茶のティーパックで、涙のお茶漬けとあいなった。

いまここであれを食べてもぜんぜんおいしくないだろうが、あの時はほんとうにおいしかった。ビバ、お茶漬け。もう少し元気なら、やはり成田で買った虎屋の羊羹まで手を伸ばすところであったが、お茶漬けだけで満足してしまった。(結果的にティーパックは、わたしが滞在中にほとんど飲んだ)

帰りの飛行機に乗るまでにはなんとか機内食も大丈夫かなと思えるまでに回復。たまたま全日空だったので、最初の食事にあった「うどん」をまた涙を流しながら食し、成田到着。

国内乗り継ぎ便を待っている間、成田空港でわたしが何をしたか、言うまでもないだろう。だし茶漬け屋さんに入り、ほんまもんのお茶漬けを心ゆくまで味わったのである。後にも先にも、あれほどおいしいお茶漬けは食べたことがない。

だが言っておく。

また皆既日食さえあれば、そして体調さえよければ、ぱさぱさハンバーガーと1リットルコーラと山盛りポテトしかなくても、大統領がTであっても、わたしはまたアメリカに足を踏み入れるだろう。世界のどこへでも行くだろう。

現在は、2021年、南極で起きる皆既日食に行くかどうか、検討中である。2人で行くと、大型の車を一台買ったくらいの値段になる可能性はある。だが宇宙より遠いところにある南極と皆既日食の組み合わせが、我らを呼ぶのである。

※国際宇宙ステーションは地上400kmのところに浮いているが、日本から南極までの距離は実に1万4,000km。

以前話したように、2、3年に1回は世界のどこかで必ず皆既日食が起こる。皆さんも機会があれば、文字通りの非日常空間を是非体験してほしい。

※前回リンクしたビデオが今一つ(失礼)だったので、もっといいのはないかと探したが、やはりない。ただ、周囲が暗くなる様子がわりとよく捉えられているのが、以下の日経記事の映像である。お時間のある方はぜひ(47秒)。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASGN21H0F_S7A820C1000000/
ただし、(何度も言うが)ダイヤモンドリングはこんなに長く見えてはいないし、あんなべたっとした質感ではない(怒)。また地平線近くは、肉眼ではもう少し暗い。

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アースの皆既日食旅行記(17)

ついに皆既。月と太陽が完全に重なった。

光量は最低まで下がり、地平線にごく近い部分だけが明るい状態となる。太陽の周囲、かなり幅広い範囲で、絹のベールのような淡い光(コロナ)が美しく広がっている。

今回はiPadを地面に置き、周囲の明るさの変化をラプス映像(早回し)で録画してみたのだが、やはり皆既となった瞬間に、光度がぐっと下がるのがよく分かった。だがその数十秒後に、なんとガソリンスタンドの照明が自動的に点灯。その後の映像はいまひとつになってしまったが、明かりがつくほど暗くなるという証明にはなった。

誰も彼もが興奮していて、実感はなかったものの、気温も急激に下がったようだ。日食を意識していなければ、かなり肌寒かったのではないかと思う。

さて。

太陽が完全に隠されると、驚くなかれ、空に星々が見え始める。

今回の場合は、オリオン座など冬の夜に見える星座があったはずだ。ただし完全に真っ暗ではないので、実際に見えたのは1等星以上の明るい星のみである。太陽に近過ぎて、通常、地球からは早朝と夕方しか見ることのできない金星も見える。

理屈では理解できても、真っ昼間に空が暗くなり星が見えるという状況に、見てはいけないものを見ているような、本当に不思議な感覚に襲われる。見るのは6回目だというのに、心の片隅に恐怖すら感じる。

空に黒い太陽。まさに「原初の恐怖」と言えるかもしれない。

古代・中世の人間たちが、天変地異が起こる前触れとして皆既日食を恐れた気持ちがよく分かる。予備知識なしでこの暗闇に襲われたら、この世が終わると感じてもおかしくはない。周囲が急に暗くなり、雲かと思って空を見上げると、それまで明るく輝いていた太陽が真っ黒になっているのだから、その驚きは想像に難くない。

人類が人類になって何十万年も経ったいまでも、「日食を見てはいけない」という言い伝えをかたくなに守り、日食の日は家から一歩も出ない地域があると聞く。

一方で、国際宇宙ステーションが地球を回るこの時代に日食を予測するのは当たり前としても、すでにギリシャ時代にはかなりの精度で日食が起こる日時を予想していたらしい。

人類とはいやはや。矛盾だらけの存在だ。

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アースの皆既日食旅行記(16)

日食が始まってから1時間と少し。

日食の食分(欠ける割合)が大きくなるに連れ、周囲の光量もどんどん減って行く。99%ともなると、かなりの暗さである。

だが太陽の光とは本当にすごいもので、残り1%になってもまだ相当に明るい。

ちなみに、2012年5月に日本で「金環日食」があったが、あのときの食分は、最大でも約97%だった。何となく暗くなった感じはあったはずだが、皆既日食の経験者からすると、97%と99%、そして99%と100%ではぜんぜん違う。

※金環日食皆既日食のときよりも月が地球にやや近い状態。そのため、太陽が月からはみ出し、太いリング状に見える。

99%を過ぎると、全員の視線が空の一点に釘付けになる。

食分が99.9999%になっても、まだ日食グラスを手放すことはできない。ほんとうにすごいエネルギーだ。

太陽はどんどん細くなっていく。最後はほとんど線状になり、その線がすーっと短くなって行き、ほとんど点になり・・皆既が始まる瞬間には、いわゆる「ダイヤモンドリング」という現象が見られる。

このリング、日食専用グラスを外して肉眼の状態にしないと、十分に楽しむことはできない。しかし早く外し過ぎると、目をやられる。このタイミングが非常に難しいので、初めてだと見逃してしまうことがある。

ところで「ダイヤモンドリング」とは何か。

何回か前に、「地球から見て、月と太陽の見かけ上の大きさはぴったり同じ」と説明した。しかし地球と同じく固体から成る月の場合、実は「完全な球」ではなく、高い山や深い谷など、表面にかなりの起伏がある。

ダイヤモンドリングとは、そうした月の谷間から、太陽の光がごく一部漏れて見える現象を言う。皆既が始まる瞬間と終わった瞬間の2回見ることができるのだが、言葉では非常に説明しにくいので、時間のある方は映像を見ていただく方がいいかもしれない。

※以下、どなたかの公開映像を拝借。
https://www.youtube.com/watch?v=7h-w2FcbTJo
皆既が始まった時のリングはうまく撮れていないので、3分くらいまで進めて、2回目のを見ていただくと良い。画面から外れ気味だが、だいたいの感じはわかるかと思う。(日本人の団体らしく、興奮の声は抑え気味だがシャッター音がすごい)

3分前後はすでに月と太陽が完全に重なっている状態だ。3分20秒頃、皆既が終わった次の瞬間、右上にまばゆいばかりの光が差す。これと周りの細い円を組み合わせて、「ダイヤモンドリング」に見立てるわけである。

3分54秒頃に真っ暗になるのは、カメラのレンズが溶けないよう、フィルターをつけたため。人間はカメラよりもずっと早く(皆既が終わった次の次の瞬間に)日食専用グラスを使用する必要がある。

このダイヤモンドリングが、皆既直前と直後の2回、見られる。

上記映像を見ていただくと、「なかなかきれいね」くらいの感想は出るかもしれない。だがカメラは人間の目より多くの光を拾うため、肉眼で見る時よりも時間が長く、べたっとした質感で映ってしまう。

肉眼では、時間にして最大でも1秒ほど。太陽のきらめきは映像よりずっと繊細で、しかし鋭く、まばゆい。そして圧倒的な透明感がある。

何度も言う。本物はこの映像よりはるかにはるかにはるかに・・・・美しく、自然に涙がこぼれ落ち、身体が震えるほどだ(この・・の部分は、光が地球を一周するくらいの間を置いて読んでほしいほどだ)。

ついに皆既。月と太陽が完全に重なった。

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アースの皆既日食旅行記(15)

皆既日食がいよいよ始まった。わたしにとっては2009年7月以来、久しぶりの日食である。

皆既日食のニュースで流される映像の筆頭といえば、やはりダイヤモンドリングとコロナだろう。ダイヤモンドリングは、皆既になった瞬間と、皆既が終わる瞬間の2度、コロナは皆既時間中に観察することができる。

どちらももちろん素晴らしいが、わたしにとっては「皆既になるまでの周囲の空気の変化」を感じるのが、ダイヤモンドリングと同じくらい楽しみである。これは、写真はもちろん、映像でもVRでも決して伝えることのできない感覚ではないかと思う。(もっともダイヤモンドリングとコロナも、映像と実際では差がありすぎて、「天と地」などという表現では到底足りないほどだ)

端的に言うと、明るさが減じ、気温がやや低くなる。これだけだ。

だがこれが真っ昼間に起きる不思議。1時間ほどかけて、ゆっくりと太陽光が隠されて行くので、上に書いた通り「暗くなる」というより「全体に明るさが減って行く」感覚である。

「夕方みたいなもん?」とよく聞かれるが、ぜんぜん違う。

夕方は、太陽が西の地平線に沈むので、西だけに明るさが残り、東から暗くなって行く。しかし日食では、全天がほとんど同時に暗くなって行く。

さらに、夕方は西の空が赤く染まるが、日食では明度が下がるだけで、色に変化はない。そのはずなのだが、「暗くなるのに赤くない」という意識のせいか、空気が青みがかったような、透明さが増したような感覚に陥る。(きちんと調べてはいないが、夕方は実際に赤い光が優勢となっているように、本当に青みがかっている可能性はあるかもしれない)

これは、真夏の昼間、分厚い雲が厳しい日差しを一瞬さえぎったときの感覚に似ていないでもない。だがどんなに厚い雲でも、実際のところはただの水蒸気の集まりであり、太陽の光を完全に遮ることはない。一方、岩からできている月は、当然ながら太陽光を完全にシャットアウトする。

もっとも太陽そのものが完全に隠れても、周囲に漏れ出る光だけでかなりのものである。よって皆既中も、夜のように真っ暗になることはない。

とはいえ、皆既中ともなると、月が地球に落とす影の大きさは直径200〜300kmに達する。つまり宇宙から地球を見ると、昼間の部分の一部に黒く丸い点(月の影)がある状態だ。今回の場合、北海道より少し小さな点が、北米大陸の上を移動して行く様を思い浮かべていただけると、分かりやすいかもしれない。

その影の真ん中にいる人からはどう見えるか。

さきほど、色は赤くないと書いたが、厳密に言うと「周囲360度がすべて淡い夕焼け」の状態になる。ただ普通の夕焼けよりはずっと淡く、地平線にごく近いところだけが赤くなるので、開けているところでなければ、なかなか見ることができない。

さて。

この独特の透明な空気に包まれると、このあと待ちに待った最高の瞬間が見られるのだという期待で身体が震える。いや、実際に気温も下がる。今回も、体感で3〜5度くらいは下がった感じがするし、NASA(アメリカ航空宇宙局)も後でそのような記録を出していた。

いつも「体感」なので、今度こそしっかり観測しようと、わざわざアメリカまで最高・最低温度計を持参したわたしであったが、ああ。ホテルに忘れた。英語は忘れたが、口をとんがらかしたジョンから「楽しみにしていたのになぁ〜〜〜っ」と言われた。

※影の移動と気温の変化を視覚的に分かりやすく示したのが、NASAのビデオである(41秒)。移動する黒い丸(一番小さな楕円)が「月の本影」で、その中にいる人にとっては「皆既」の状態になる。http://tinyurl.com/ycxtghwd

空を見上げる度に、3割、5割、8割と、容赦なく日食は進んで行く。

以前のメルマガの課題で、動物も反応するという内容の記事があったが、あれは本当だ。今回の場合、皆既直前で近くの林にいるフクロウが鳴き始めた。

ただ、皆既中でも真夜中のように真っ暗になるわけではないし、暗くなっている時間もごく短いので、実際には動物が反応する前に明るくなってしまうことが多いように思う。今回のフクロウも、あまりにもステレオタイプな反応だったので、もしかしたらサービスで鳴いてくれたのかもしれない(!)。

言うまでもないことだが、最も強く反応する動物はホモ・サピエンスである。

DEVIL級の数独をやっていた女性も、近くの高校生たちも、ガソリンスタンドの従業員も、誰も彼もが空の一点を見つめる。「日食専用グラス」の発明を成し得た人類に栄光あれ。太陽はいよいよ細く、ほとんど線のようになり、そして・・。

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アースの皆既日食旅行記(14)

皆既日食の場合、欠け始めから欠け終わりまで、だいたい2時間半かかる。皆既が終わった後、最後まで見ることはあまりないものの、欠け始めから皆既まででも1時間ちょっとはある。

よって、第一接触(欠け始め)後、太陽と月が重なっていく様をずっと見ているわけにはいかない。前回も説明したが、専用グラスを用いても、連続して観察することはNGだからだ。

立派な望遠鏡を設置して、カメラを何台もとりつけ、ひたすら撮影を続ける人。いままでに見た(見られなかった)日食についてすべて解説してくれちゃう人。まったく関係のない、隣人の迷惑行為について文句を言い続ける人(日食初心者か、日食に慣れ過ぎた猛者か)。だがみんな、思い出したようにグラスを取り出し、天を仰ぐ。

過去の日食旅行についての話の中で、ジョンとサラが1991年のメキシコの皆既日食で太平洋岸の港町マサトラン(Mazatlan)にいたことが発覚。その時、実はわたしもマサトランの町にいた。我々が知り合うのはその後1994年のチリ日食の時だが、3年も前の同じ日、同じ時、同じ町にいたとは。知り合うべくして知り合った、ということか。

1998年、カリブ海のオランダ領アルバ島での皆既日食の時には、もともと狭い島に世界中から大量のバカどもが集まったうえに、そのほとんどが皆既時間の長い南部を目指したため、島の南半分が沈むのではないかと危ぶまれたほどだった。

だが今回は、さすが広大な北米大陸だけあって、いままでで一番、人口密度が低いようだ。

少し離れたところでは、キャンピングカーの上に椅子を置いて観察する人や、学生の集団が見えるが、我々のすぐ側にいたのは、アメリカ人の老夫婦が一組だけ。

男性は小さな望遠鏡を設置し、何かしきりにメモをとりながら観察を続けている。こういうところに現れるアメリカ人男性は、一般的な(というかステレオタイプの)イメージと異なり、非常に落ち着いた物腰で、理論的・理知的、感情に流されない寡黙な人が多い。したがって話しかけると、とつとつと、しかし丁寧に受け答えしてくれる。(ジョンは「寡黙な」の部分が当てはまらない例外的存在だが、そのほかは同じである)

そばの車の中では、助手席に女性が座って、何やらやっている。近づいて見ると、なんと SUDOKU(数独)である。わたしも数独は大好きだが・・いま?ここで?数独?と聞くと、「皆既までの時間ツブシよ!」との答え。ま、わからないでもないが。(ちなみに、このとき女性がやっていた数独のレベルはDEVIL(超難問)で、皆既前には解き終わったらしい)

わたしの場合、皆既までの時間は、こうして近くにいる人の様子を観察したり、お話したりするのがいつものパターンだ。そして忘れてはならないのが、周囲の「空気感」の観察、というより「体感」である。

しかし今回は・・・ああーーーーーーーっ!!!!!!

わ、わすれた・・・こんどこそと思って持ってきたのに、ホテルに忘れた・・・。温度・湿度計。しかも最高・最低温度も測れるやつ。皆既中は気温が明らかに下がるので、今度こそ数値を残そうとしていたのに・・・ううう。

ということも含めて、日食が進むに連れて変化する「空気感」については、次回お話しようと思う。

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アースの皆既日食旅行記(13)

2017年8月21日午前9時過ぎ。太陽高度約30度。

待ちに待った第一接触の時間である。天気はほぼ快晴。山火事の煙が若干気になるが、影響するほどではなさそうだ。

第一接触とは、皆既・部分日食で、太陽の縁と月の縁が最初に触れる瞬間のことをいう。これ以降、太陽と月の重なっている部分がどんどん大きくなって行く。

月が太陽に触れるといっても、当然ながら「そう見える」だけである。実際には地球から38万km離れている月が、1億5,000万km離れている太陽と重なって見えるわけだが、これは奇跡的な位置関係だと言われている。

例えば、太陽が今より近かったり、月が今より遠ければ、見かけ上、太陽が月からはみ出してしまう。逆に太陽が遠かったり、月が近ければ、月は太陽全体を隠すことはできるが、いわゆる「ダイヤモンドリング」(皆既前後に見られる現象。いずれ説明する)は見られない。

しかし現実には、何年かに一回、地球から見て、月と太陽が見かけ上まったく同じ大きさで重なる瞬間があるのだ。これが奇跡でなくてなんだろう。

※3つの天体が直線上に並ぶ瞬間は月に一度はあるはずなのに、なぜ毎月、皆既日食にならないかという疑問が出るかもしれない。「上から見れば直線上に並んでも、横から見るとずれている」でお分かりいただけるだろうか。地球の影に月が入る月食も、同じ理由でなかなか起こらない。

※ちなみに各天体の直径は以下の通り。
      月  :約3,500 km
      地球:約1万2,500 km
      太陽:約140万 km
  すなわち、太陽の直径に地球が109個並ぶ計算である。

しっかりした観測機材を持ち、データを重要視する人々(例えば日本人の集団や、大学の観測チーム、専門家が監修・同行している日食ツアーなど)と一緒に観察すると、必ず「第一接触まであと10秒。太陽の右下から欠け始めます」などと誰かがコールしてくれるが、テキトーな人々だけの集まりでは、だいたい

「そろそろ時間だよ」
「あ、右下がちょっと欠けてない?」
「ええ〜。むしろ左下のほうだと思うけど」
「いや上だろ」

と、かなりテキトーである。人間の観察眼などいい加減なものだ。月がどちらから太陽に重なっていくかは、ちょっと考えれば分かるはずなのだが。だがそのうち、

「ほらほら、もうはっきり分かるよ!」
「あほんとだ。右下だった。えへへへ」

てな感じになる。

この時間のわくわく感は、ほんとうに説明し難い。初めての人はもちろん、わたしのように6回目のベテランでも、10回以上などという猛者でも、いや回数を重ねていればいるほど、「あの」瞬間が近づいているのだと考えるだけで、身体が震える。

さあ、これから約2時間。何年ものあいだ待ち焦がれた時間の始まりだ。

※今後、皆既でなくとも日食を観察される方は多いと思われるので、ここで天文普及委員会から注意事項をお伝えする。

1)日食グラスは、手製のものではなく、専用に販売されているものを使いましょう。当然ながら、どれだけ濃くてもサングラスなどは絶対にNG。1秒でもダメです。専用グラスは、「太陽以外のものはまったく何も見えない」くらいの濃さになっています。

2)専用グラスでも、皆既(太陽が完全に隠れている)時間以外、長時間の使用はやめましょう。

3)グラスで目を覆ってから、太陽の方を向きましょう。

以上のことを怠ると、失明したり網膜に障害が残るなど、取り返しのつかないことになります。よって厳重注意です。

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アースの皆既日食旅行記(12)

皆既帯の端に位置するレドモンドから、皆既時間が最も長いマドラスに向けて幹線道路を北上。腰を落ち着けて日食を観察できる場所を探す。しかしついに、道路が渋滞し始めた。

日本人的感覚かもしれないが、わたしはなんとなく、太陽なんて、屋根さえなければどこでも見えるのだから、いざとなったら道路の脇に車を止めて見る人が続出するんじゃないかと想像していた。

だが、路側帯に車を止めている人はほとんどいない。ジョンとサラも、そうした方法はまったく念頭にないようだった。(田舎道だけあって、停めようと思えば場所はいくらでもあったのだが、防犯その他の問題だろうか)

道路の両側は、ぽつんぽつんと家や店があるだけで、基本的には広大な農地や草原が続く。そんな道路で車が数珠繋ぎになって北を目指しているのだから、異常と言えば異常である。

農園の入口に、 Total Solar Eclipse $20/hour などとヘタクソな字で書きなぐった看板が現れることもあった。だが、そうした場所に入る車はほとんどない。農園の所有者にしてみれば、「あてがはずれた」というところだろうか。どんなところかちょっと見てみたい気もしたが、いまは時間がない。

時間がないなら、なぜそこに決めないのか、という疑問が出てくるかもしれない。どこの誰やら分からない人の敷地だからとか、1時間20ドルはちょっと高いんじゃね、とかいう理由もあるにはある。だが大きな問題は「人が少ない」ことにあった。つまり、ジョンの言うところの「他に誰もいない場所で少人数で楽しむか、Moment of Truth を大勢の人とシェアするか、どうする?」ということである。

(こう聞かれたときわたしは、Moment of Truth って・・おお、闘牛で言う La hora de la verdad のことじゃな!などと場違いなことを考えていた。たまにはスペイン語メルマガらしきことを言ってみる)

わたしとしては、静かに見るなら、ジョンとサラには悪いが、いっそ誰もいないところで、太陽と月とわたしだけで過ごしたい。だが3人でどうせ騒ぐことになるのなら、いっそ大勢で騒いだ方が楽しそうだ。2人も同じ意見のようだった。

レドモンドとマドラスのちょうど中間地点あたりで、住宅や学校、ガソリンスタンドなどが集まっている場所があったので、ここで北上を諦め、脇道に入った。

左側を見ると、農園の中に車が何台も駐車してあり、大勢の人が集まっている。門には 2017 Total Solar Eclipse の巨大な横断幕と、明らかに門番と分かる男性。試しにそこに入ってみることにした。

ジョン「ここって日食みるとこ?」
門番氏「あーえーと、予約あるの?」
ジョン「ない」
門番氏「んじゃダメェ。ほれ、もどったもどった」

と手を大きく振り回す。にべもないとはこのことか。こういうとき、クソ丁寧な対応に慣れきっている日本人としては、何やらものすごく冷たい印象を受けるが、当然ながらジョンやサラは平気である。そうか予約・・きっと1年くらい前から募集していたのだろう。

少し車を走らせると、Paid Parking Only ($20). Inquire at Shell と看板を出しているシェルのガソリンスタンドがあり、ここならトイレも食料もばっちりだということで、決めることにした。

見たところ、ガソリンスタンドの敷地全体で100台は停められそうだが、まだ30台くらいしかない。

今回、地元の多くの商店や農園が小金を稼ごうと目論んでいたようだが、たくさん稼げたのは宿泊施設とガソリンスタンド、大型のレストランくらいだったのではないかと思う。しかもたった一日だけである。

地元の人にしてみれば、世界中から日食バカがウンカのように集まり、地元をほんの一瞬覆い尽くして、あっという間に去って行った、という感じだったろう。効果より悪影響の方が大きかったかもしれない。バカを代表して、謝罪する。

まだ時間があったので周りを少し歩いてみると、いかにもアメリカらしく、巨大なキャンピングカーばかりが停まっている有料区域もある。目算で約100台。壮観である。おそらく、最初からここに宿泊してここで日食を見て、そのまま帰るということなのだろう。うらやましいような、やっぱりホテルでちゃんと寝たいような。

さらにその向こうの広大な芝生には、中学生か高校生と思われる集団がテントを張っている。この気温なら、確かにテントで寝ることも可能か。

生徒を集めて、若い先生が熱心に説明している。日食観察は楽しい体験ではあるが、気をつけないと失明につながりかねない、非常に危険な行為でもある。それだけに先生も大変だと思う。

さて、そろそろ第一接触の時間だ。我がガソリンスタンドに戻ろう。

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アースの皆既日食旅行記(11)

日食当日の朝。

アラームはいつもより早い6時半にしてあったが、5時半頃からホテルの中がざわざわし始めた。

もともと安普請(普段は1部屋50ドルぽっきり)のホテルなので、音が響くこと自体は不思議ではないものの、マナーのなっていない旅行客2、3人がどたどた出て行ったどころではなく、まるで修学旅行生が団体で出立するような騒ぎである。そのため我々のんびり3人組も、さすがに起き出した。

窓の外を見ると、昨日の夕方はぎっしりだった駐車場がほとんど空っぽで、家族連れが一組、大声で話しながら荷物をあたふたと積み込んでいるだけである。なんでもいいが、声がでかすぎるだろう。

ホテル前の幹線道路はと見ると、渋滞とまではいかないものの、田舎の朝5時半としては考えられない交通量である。だが多少なりとも進めそうなので、とりあえず北を目指すことにした。

我々の場合、準備は実に簡単で、持参するのは日食専用グラスと双眼鏡のみ。

カメラ、ビデオ、望遠鏡を駆使して撮影を行う人々は、大量の機材を持って行き、設置し、テスト撮影し・・と、日食の日の朝は恐ろしく多忙である。それだけにかなり早めに現地に到着するはずで、その点だけは若干不安であったが、場所とりのために早く出立するという発想のない我々は、恐らくホテル中で二番目に遅い出発となった。

そういえば、現代では絶対に外せないものを忘れていた。スマホとタブレットである。今回の場合、位置情報の取得のためにGPSは必須だし、渋滞や天気の情報を得るためにも欠かせない。観測地の緯度と経度が変われば、日食の時間も大きく変わってくるので、特に個人で動く場合、位置情報は重要である。ずっと太陽を見ていれば分かることではあるが、いくら専用グラスを使用しても、長時間の観察は目によろしくない。

どうでもいい話だが、今回の旅の間、ジョンがスマホのナビに対して、大声で "OK, Google" と話しかけるのを聞きながら、うへえ、日本人にはこっぱずかしくてとてもできねぇよ、と力いっぱい思ったことである。

さらにどうでもいい話だが、日本で発売されているグーグルのAIスピーカーは、呼びかけワードが「ねえ、グーグル」になっているらしい。これを初めから大声で照れなく言える日本人はほとんどいないだろう。アップルのAIに至っては、「ヘイ、Siri(シリ)」である。普段、「へい」を「塀」や「兵」以外の意味で使っている日本人がいるだろうか? いない。そもそも「しり」があり得ない。

日本人にとって使いやすい呼びかけワードは「ねえドラえもん」だという意見があるが、わたしは「ドラえもぉ〜ん」が一番良いと思う。

脱線した。

本日の主役、太陽はすでに空のかなり高い位置にある。もう一人の主役である月は、太陽のすぐ近くにいるはずだが、当然ながら太陽光が邪魔で、いまの状態で見ることは絶対にできない。

皆既帯の端に位置するレドモンドから、中心線のマドラスに向けて、ひたすら北上する。車は多いものの一応は流れているので、マドラスまで行けるかと一瞬期待したが、あと2、30kmというところで、突如渋滞が始まった。

日食の開始まで、あと1時間半もない。ぼやぼやしている間に、始まってしまう。

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アースの皆既日食旅行記(10)

わたしは遠足の前日は絶対に寝つけない、おめでたいタイプなので、日食前日は眠れるかしら、と心配であったが、やはりポートランドからの長距離ドライブのせいか、お天気サーチに疲れたのか、すぐに寝入ることができた。

日食当日、ホテルの中がざわざわして予定より1時間早く目が覚めたのだが、その前に一つエピソードを。

これまでまったく説明して来なかったが、今回、ホテルでの宿泊はすべて「3人1部屋」であった。もちろん予約時に、3人部屋にするか、わたしだけ別のシングルをとるか聞いてくれたが、彼らの自宅に長期滞在させてもらったこともあるので、そちらさえ差し支えなければ、3人1部屋で良い、と答えておいた。

結局、今回の旅行では、彼らの家にたどり着くまで、同じ部屋で8日間過ごしたことになる。荷物の散らかし方、水周りの使い方、着替えのやり方、出かける前の準備時間などに大差はなかったが、ひとつだけ、まさにフタを開けてみなければ分からない大問題があった。「エアコンの設定温度」である。

ポートランドでの第一日目。夜中。

わたしは尋常でない寒さで目が覚めた。旅行一日目にして、まさか風邪をひいたかと思ってエアコンの設定温度を見に行くと、63度である。

あそっか華氏だ。
おお、このエアコンは摂氏表示がある。
素晴らしい。ぴっ。
は? はへ? 17度???

キミたち、日本では摂氏28度(華氏82.4度)の設定が推奨されているんだよおっ!とぐーぐー寝入る2人に声なき声を投げつけ、こっそり設定を20度にしてベッドに戻ったわたしであった。ぎりぎり許せる温度である。

これまたいままでまったく説明してこなかったが、ジョンはいわゆるアメリカ人体型で、背はそれほど高くないが、料理好きということもあって、はっきりいってプクプクさんである。日本の真冬でも半袖で歩いているクレイジーな輩がときどきいるが、ま、そういうことだ。サラはアメリカ人としては普通である。

昨夜、尋常でない寒さだったと訴えたところ、「やっぱり?」という答え。ひどいわ。聞けば、自宅の寝室でもジョンの感覚に合わせてエアコンを設定し、サラはそれに合わせて着込んだり、布団を増やしたりするとのことであった。

結局、わたしが掛け布団を2枚余分に掛けることにして、この話は決着した。

今回は特に環境問題にうるさい西海岸を動き回ったこともあり、ハイブリッド車の普及などもあって、以前アメリカに行った時と比較して「驚くほどのエネルギーの無駄遣い」を感じる場面は少なかったのだが、エアコンの設定のように、微妙な感覚の違いという意味では、時々びっくりさせられた。

さて、またもや脱線してしまったが、次回以降は今度こそ日食!である。

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アースの皆既日食旅行記(9)

皆既帯最南端の町レドモンドのホテル。

数km、数十kmごとに現れる渋滞(これも案外ストレスフルである)、そして代わり映えのしない景色との戦いの末にようやくホテルにたどりついたと思ったら、我々3人にあてがわれたのは、クイーンサイズベッドがひとつしかない部屋であった。

明日は日食で、これからさらに多くの人が詰めかける。ホテルの入り口には No Rooms Available の文字。土壇場でのキャンセルはあるかもしれない。しかし・・

みんなして「あれま」「まじか」「うっそー」などとひとしきり言ったあと。(正確には"Oh, shoot" "No kidding" 「うっそー」である)

ジョンは早速、自分の予約間違いでなく、ホテル側の間違いであることを確認しに、階下へ。こちらのミスであった場合は、エキストラベッドを要請することになった。サラとわたしは、この部屋に寝るしかなく、エキストラももらえなかった場合に備え、誰がどこにどう寝るかについて、話し合った。

なんとか3人で1つのベッドに寝る案。気持ちとしては良くても、物理的にどうか。いや無理だ。毛布あるいは巨大タオルをわんさかもらって、それを床に敷き、(相対的に)小柄なわたしがそこに寝る案。日本の感覚で一瞬思い浮かんだ、誰かが車で寝る案。しかしこれは、防犯上の理由から却下された。

余談だが、天文小僧だったわたしは、夜中、真っ暗な山の中に止めた車の中でも、平気で眠ることができる。夜の山は、イノシシやタヌキなどとの出会いに注意しなければならないが、車の中ならば大丈夫である。幸か不幸か、幽霊さんに出会ったことはないが、たとえいたとしても、幽霊さんは生身の人間と違って暴力を働いたり、ドロボーしたりすることがないので、問題ない(?)。

脱線した。

結局、ホテルの近くにあったホームセンターに、エアーベッドでも探しに行くか、という結論になったところで、ジョンが「ホテル側の間違いだった」とさすがにほっとした顔で帰ってきた。「この部屋の主が来てしまったら、そっちに本来の我々の部屋があてがわれかねないから、早く移動しよう」ということで、大急ぎで「キングベッドが2つ」の部屋へ引っ越しし、ようやく安心することが出来た。

使いかけのちんまい石鹸が一つしかないことにご不満な様子のサラであったが、普段はチョー安いホテル(50ドルぽっきり)だからこんなもんか、と自らを納得させた模様であった。きょうは200ドルだが。

さて。

きょうは、朝、ホテルで一応コンチネンタル・ブレックファーストをいただいたあとは、途中の観光地でホットドッグを食べただけで、そのほかは例のバーやクラッカー、チーズ等をつまんだだけである。でもこれからまた車で出て渋滞に巻き込まれるのもいやだね、ということで、手持ちのもので済ませることにした。(当然ながら、レストランが併設されているようなホテルではない)

となれば、あとは寝るだけだ。いや違った。

明日のだいたいの予定を決めておかねばならない。何時に出るか。日食の皆既時間が最も長いマドラスまで、どうしても行くのか。朝から渋滞が予想されるなか、そもそも行けるのか。

それよりももっと大事なことは、天気である。早く出発しさえすれば、渋滞があったとしても目的地までたどりつけるだろうが、行ったはいいが曇ってました、ではお話にならない。

通常の気象情報会社の出している予報に加え、NASA(アメリカ航空宇宙局)を筆頭に様々な科学機関が独自に出している予報を精査する。しかしそれだけではダメだ。すべての機関の予報が一致していれば、実現の可能性が非常に高いということだが、予報は大筋では同じものの、マドラス、レドモンドなどといった町レベルまで絞ると、微妙に違ってくる。

そこで、日本でいう気象衛星ひまわりの雲画像(可視光と赤外線)のようなものを見たり、湿度の状況を確かめたり、上空の風向・風速を調べたり。ジョンがこだわったのは「露点(dew point)」である。露点が異なれば、同じ水蒸気量でも雲ができたりできなかったりするからだ。わたしは雲画像からだいたいの様子を予想するタイプであるが、日本とは状況がまるで違うので、やはりほとんど役には立てなかった。

※ここで理科の復習。
露点=空気中の水蒸気が水滴になる温度。気温が高いほど飽和水蒸気量(空気が含むことのできる水蒸気量の限度)が多くなるので、水蒸気量が同じなら、気温が低くなるほど水滴ができやすい(つまり雲や霧が発生しやすい)。

曇ったら曇ったで仕方ないやん、というサラの冷めた目を気にすることなく、ジョンとわたしは嬉々としてリサーチを進める。そう、単にやりたいだけである。

そして最終的に、山火事の煙は心配だが、気象条件はほとんど問題ないという結論になった。よって、朝起きて目の前の道路が車でぎっしりでなければ、マドラスに向けて出発する。ぎっしりだった場合は、ホテルの駐車場で観察する、ということになった。

ジョン「マドラスと比較して、レドモンドにとどまることによる皆既時間のロスは最大約20秒。これがどうしても許せない人は?」
サラ 「いませ〜ん」
わたし「いませ〜ん」

つまり太陽が月に完全に隠される時間が、マドラスが2分であったら、レドモンドは1分40秒しかない、ということである。

チリの時は皆既時間が5分近くあったので、短いといえば短い。特に写真を撮る人たちは、1秒でも長い方がいいらしい。だが我々のような肉眼観察派にとっては、短い時間の中で空気の変化自体を楽しむこともできる。なにより渋滞に巻き込まれた揚げ句に、落ち着いて皆既の瞬間を迎えられないのでは意味がない、との判断である。

明日の予定も決まったので、こんどこそ、キングサイズベッドでゆっくり眠ろう。いつもよりちょっと早いけど、アラームは6時半。おやすみなさい。

しかし翌朝5時半。ホテルの中がざわつき始め、3人とも目が覚めた。

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