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2015年7月1日

 スペイン語翻訳者になろう vol.351

  おはようございます。アースです。
  田舎でたまにやっていたウォーキング、引っ越し後も続けています。
  もともと早起きのわたしですが、さらに早起きになりまして、早ければ
  5時くらいから歩き始めます。
  すれ違う歩き人たち(+いぬ)が互いに挨拶をするのは、田舎でも
  都会でも同じです。
  挨拶は、
  「おはようございます」だけで済ませるのが普通だと思うのですが、
  先日、かなりの高齢ながらしゃきっとした歩き方をされるある男性に、
  「きょうも良い一日を」
  と爽やかに言われ、とっさに返す言葉につまってしまいました。
  こういうとき、Tu tambien に当たる良い言葉が日本語にはない
  ですよねえ。
  結局「ありがとうございます」と返してしまいましたが、それも
  おかしいような。
  次にまた言われるまでに、グウの音もでないようなすばらしー返答を
  考えておかねば!!!

  と、久しぶりに普通の人っぽくまとめたところで、デフォルメ
  カエルさんの話題に入ってまいりましょう〜。

  ※スペイン語の表記:このマガジンは比較的上級者を対象としている
   ことから、基本的にアクセントおよびティルデを入れていません。
   ただし動詞など重要な部分については入れることがあります。
   例)bajo → bajo'(動詞、三人称点過去の場合)

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┃ 「ちょくねりメソッド」で翻訳に挑戦しよう
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【奇形のカエル(3)】

◇本日の課題
Cerca del 20% de los sapos deformes tambien esta'n parcialmente o
completamente ciegos. Algunos carecen de uno o ambos ojos, mientras
que otros no poseen iris o los tienen decolorados.

【語注】
sapo           :ヒキガエル
deforme        :奇形の、変形の
parcialmente   :部分的に
completamente  :完全に
ciego          :盲目の
carecen de<carecer de...:欠けている
mientras que...:〜する一方で
iris           :(眼球の)虹彩
decolorado     :退色した、脱色した(動詞decolorarの過去分詞形)

【直訳】
奇形のヒキガエルの約20%は、部分的にまたは完全に盲目でもある。別のもの
は虹彩がないか、それらが退色している一方で、あるものは一方の目あるいは
両方の目が欠けている。

◇本日の課題(再掲)
Cerca del 20% de los sapos deformes tambien esta'n parcialmente o
completamente ciegos. Algunos carecen de uno o ambos ojos, mientras
que otros no poseen iris o los tienen decolorados.

【練り訳例1】
また奇形を持つヒキガエルの約2割は、部分的にまたは完全に目が見えない。
片目あるいは両目が欠けているものや、虹彩がないか、色が薄くなっているカ
エルもいる。

【練り訳例2】
奇形のヒキガエルの2割近くは、完全または部分的に失明しています。片目だ
けないものや両目ともにないもの、虹彩がないものや褪色しているものなど、
さまざまです。


◆編集後記◆
ピーチです。
先日某番組で、久々にOrquesta de la Luz のNora さんの声を聞きました。
ひとつずつ丁寧に言葉を選ぶように、ゆっくりくっきり発話する彼女の
スペイン語は、歌のときと同様、とても聞き取り易く、かつ好感のもてる
ものでした。
わたしはスペイン語をしゃべる時、下手を隠そうと焦るせいか、かなりの
早口になりがちです。
しかし、Nora さんのように少しもあわてることなく、一語一語を大切に
しながら、相手と話すのが楽しくてたまらなさそうな「えごえ(笑声)」で
送りだされる言葉に接すると、聞く側はとても心地よい安心感を与えられる
ものなのだなぁ、と改めて気付かされました。
今度スペイン語を話すときには、Nora さんに倣って、悠々とした耳に
優しいスペイン語・・を目指してみようかと思っています(目指すだけなら
自由(^ー^)。
ちょっと話がずれますが、「ゆっくりと話す」というのは、「ゆっくりと
生きる」に繋がる気がします。
「ゆっくり生きる」というと、少し前に流行った「スローライフ」を思い
出される方が多いかもしれませんが、わたしは「イマココを生きる」こと
でもあるのではないかな、と考えます。
あわただしい現代人は、どうしてもあたふたと先のことを案じたり、
かと思うと過去を悔んだりして、「イマココ」をおろそかにしがちですが、
「ゆっくり生き」ている人は身も心も「イマココ」に置き、一つ一つの
瞬間を精一杯味わっている(楽しいことも辛いことも・・)ように
思うのです。
「まいにち、修造!」にも書いてあります。
「後ろを見るな!前も見るな!今を見ろ!」と。
そして、「生活のすべてが祈りである」といったのは佐藤初女さん
だったでしょうか。
生きている瞬間瞬間が祈りであるならば、すべての一瞬に様々な思いが
込められ、毎分毎秒がかけがえのないものとなりますね。
ついせかせかと話し、あわあわと生きてしまっておりますが、言葉を
大切に選びながらゆっくりと話し、今この瞬間を味わうようにゆっくりと
生きたいものだと、Noraさんのスペイン語を聞きながら思ったのでした。

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