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2012年1月11日

 スペイン語翻訳者になろう vol.230

 おはようございます。ピーチです。
 2012年が始まってはや10日が過ぎましたが、皆様お正月はいかが
 お過ごしでしたでしょうか?
 わたしは「山の神」の疾走を生観戦したり、レオナール・フジタ展や
 フラメンコを鑑賞したり、と文化度(・・というんでしょうか?)の
 高い年明けでした。
 だからというわけではないのですが、このメルマガでも今年は少し
 文化色を出していこうと今号から始まるシリーズを用意してみました。
 これまではかっちりした経済記事を扱うことが多かったので、
 このような自由度の高い原文を前にわたしたちも若干戸惑い、「いかよう
 にも訳せそうだけれど・・ま、これでいいか」と妥協(?)した
 箇所もぽろぽろあります。
 皆さんも「自分ならこう訳す」という新訳に是非挑戦してみてください。
 ところで、皆さんは桐野夏生作品を沢山読まれているでしょうか?
 アースもわたしもミステリー好きですが、アースはともかく、わたしは
 桐野作品は両手で数えられる
 ほどしか読んでいません。これを機会に色々読んでみようかなあと
 思っています。

 それでは早速、ちょっと過激な世界へとご案内いたしましょう。

  ※スペイン語の表記:このマガジンは比較的上級者を対象としている
   ことから、基本的にアクセントおよびティルデを入れていません。
   ただし動詞など重要な部分については入れることがあります。
   例)bajo → bajo'(動詞、三人称点過去の場合)

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┃ 「ちょくねりメソッド」で翻訳に挑戦しよう
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【桐野夏生の文学世界(1)】※全9回です。

◇本日の課題
Hay un instante en la vida de una persona, dice Natsuo Kirino, en que
cualquier cosa es posible. “Cualquier cosa” en el mundo imaginario
de esta prolifica escritora japonesa es usualmente un cinturon al
cuello de un marido borracho o un batazo certero al craneo de una
madre sobreprotectora: asesinatos espontaneos y tremendamente
placenteros.

【語注】
prolifica      :多作な
cinturon       :ベルト
certero        :的を外さない
craneo         :頭蓋骨
sobreprotectora:過保護の
espontaneos    :自然発生的な、自発的な、任意の
tremendamente  :恐ろしく、ひどく
placenteros    :楽しい、快い

※batazo:西和辞典には載っていないようですが、Real Academia Espanola
 では golpe de bate(バットでの殴打)とあります。

【直訳】
1人の人間の人生にはある瞬間がある、と桐野夏生は言う。その瞬間において
はどんなことでも可能である。この多作な日本の小説家の想像の世界の中での
「どんなことでも」とは通常、酔っ払った夫の首へのベルト、または過保護な
母親の頭蓋骨への的を外さない殴打である。すなわち、自然発生的で恐ろしく
快い殺人なのである。

※un cinturon al cuello de un marido borracho は小説『アウト』、 un
 batazo certero al craneo de una madre sobreprotectora は小説『リアル
 ワールド』からの描写であると考えられます。よって前者は「絞殺」、後者
 は「撲殺」と取ることが可能となります。

◇本日の課題(再掲)
Hay un instante en la vida de una persona, dice Natsuo Kirino, en que
cualquier cosa es posible. “Cualquier cosa” en el mundo imaginario
de esta prolifica escritora japonesa es usualmente un cinturon al
cuello de un marido borracho o un batazo certero al craneo de una
madre sobreprotectora: asesinatos espontaneos y tremendamente
placenteros.

【練り訳例1】
桐野夏生は「人生には、どんなことでも可能になる瞬間がある」と言う。この
多作な日本人小説家の想像の世界でいう「どんなことでも」とは、酔っ払った
夫の首にベルトを巻き付けたり、過保護の母親の頭蓋にバットを正確に打ち下
ろしたり、つまりは発作的な快楽殺人を指すのが普通だ。

※2文目の直訳は「どんなことでもとは、〜のベルトと、〜な殴打ということ
 である。すなわち、〜の殺人である」となっています。上記【練り訳1】で
 は直訳に基づいた(原文を尊重した)訳としましたが、文脈からわかるよう
 に「ベルト」や「殴打」とは「ベルトによる絞殺」及び「バットによる撲
 殺」のことです。【練り訳2】や【練り訳3】の訳し方も参考にしてくださ
 い。

 なお、un cinturon al cuello de un marido borracho は小説『アウト』、
 un batazo certero al craneo de una madre sobreprotectora は小説『リ
 アルワールド』からの描写であると考えられます。

【練り訳例2】
いかなることでも起こり得る瞬間が人生にはある、と桐野夏生は語る。この多
作な日本人作家の空想世界の中での「それ」はたいてい、酒に酔った夫をベル
トで絞め殺したり、過保護な母親をバットで確実に殴り殺したりするという、
自然発生的で極度に快楽的な殺人のことである。

【練り訳例3】
「人間の一生のうちには、どんなことでも可能となる瞬間があるものです」と
桐野夏生氏は語る。多くの作品を発表しているこの日本人作家の想像の世界の
中では、「どんなことでも」とは、泥酔した夫をベルトで絞殺することや、過
保護な母親をバットで撲殺することのような、衝動的かつ快楽志向な殺人を意
味することが多い。

◆編集後記◆
アースです。
年始からおそろし〜内容の課題になってしまいましたが、
メルマガとしては今年も楽しくゆるゆるな感じでお伝えして
いくつもりです。
今年4月で、本メルマガの創刊からなんと、まる5年!
お休みをいただいている間でも、火曜日の午後あたりになると、
「わ〜っ、前(後)記書かなきゃ!」と一瞬焦るくらい、
メルマガ発行が生活の一部になってしまっています。
誰に聞いても「うん、前記と後記は必ず読むけど・・」という
答えが返ってくるので、本文を白紙にしたろかと思うことも
ありますが、毎週最初から最後まできちんと目を通し、実際に
自分でも訳して訳例と比べる等々、勤勉に学習生活を送って
おられるそこのあなたのために、本文もしっかり濃い内容の
ものにしていこうと思いますので、本年もご愛読をよろしく
お願いします!

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