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2010年12月15日

 スペイン語翻訳者になろう vol.187

 おはようございます、ピーチです。
 先日、「世界文学としての村上春樹」というシンポジウムに行って
 きました。
 日本文学者、中国文学者、ロシア文学者、アメリカ文学者がそれぞれ、
 夏目漱石、魯迅、ドストエフスキー、ドン・レリーロとの比較的見地から
 村上文学を語るという形式のもので、わたしのお目当ては、ロシア文学者の
 亀山郁夫先生だったのですが、実際に報告を聞いて一番興味を惹かれたのは
 中国文学者の藤井省三先生のものでした(阿Qが村上氏にそこまで影響を
 与えていたとは・・)。
 それにしても、自分、中学生のころから村上作品を読んできているにも
 関わらず、そして、「簡単なことを難解に語る」的な悪質な学者はその場に
 いなかったにも関わらず、話についていけないことがしばしばで・・・
 言葉にこめられた意味を理解しようと脳内苦闘するあいだに話がどんどん
 展開していくので、「シンポジウムを拝聴」というよりは、「至極苛酷な
 脳トレ」を強いられているような気分でした。。。
 日ごろから、もう少し論理的に物事を考える癖をつける必要があることを
 痛感させられました(基本的な教養不足は言うまでもなく・・)。

 前置きが長くなりましたが、きょうのテーマに入ってまいりましょう。

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┃  そろそろ翻訳者になりませんか? 〜翻訳者疑似体験編 その6
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先回は、「自分ではとても訳せそうにない」原稿を依頼されることも
あるけれど、簡単には諦めずとにかくやってみましょう、という
お話をしました。

しかし、どう読んでも、どう調査しても、どうひっくりかえっても
理解できない、訳せないという判断に達したら、早めに翻訳会社に
相談しましょう。

「プロとして依頼を受けたのに放り出すなんて許されない」というと、
いかにもかっこいいのですが、それは「エセプロ」の考え。

本当にその文章を翻訳する力がないのだとしたら、連絡が遅れれば
遅れるほど翻訳会社とクライアントに迷惑がかかります。

「依頼したときに不安そうだったので少し心配だったが、その後
連絡がないので大丈夫だったんだなと思っていた。そうしたら納期の
直前になって、とてもできないと泣きつかれ、大慌てで代わりの
翻訳者を探した」

という翻訳会社さんの話を聞いたことがあります。担当者さんに
してみれば、「できないなら早く言ってよ!!」と言いたく
なりますよね。当然です。

ですから、本当の本当にダメそうなら、なるべく早くその旨を
連絡しましょう。正式に受注した後に原稿を見せてもらった場合は
とくに断りにくいでしょうけれど、登山で言うならば
「早めに引き返す勇気」が必要です。

と、なんだか脅かすような話になってしまいました。

実際に上記のような事例があるということなので一応お話し
しましたが、トライアルに受かる実力のある人なら、まずこんなことは
起こらないはずです。アースもピーチも、難易度の問題で一度引き
受けた仕事をキャンセルしたことはこれまでなかったように思います。

それより、圧倒的に多いと考えられるのが「量的に無理」な場合です。
大丈夫だと思って始めてみたが、案外と調査に時間がかかったり、
内容がわかりやすくても意外に訳しにくかったりして、予定通りに
進まないことは少なくありません。そういった場合もなるべく早めに
連絡して、量を減らしてもらうなり、納期を延ばしてもらうなりの
対処が必要です。

もちろん、そういった措置を採ってもらうのは、翻訳者として
ありとあらゆる努力をしたうえで、それでも無理なら、という
条件付きですけれどね。

仕事の入り方にもよりますが、最初の1年はとくにキツイと思います。
すべてが初めてで、どれもこれも「とてもできそうにない」と
感じるものばかりだからです。

しかし、先回も申しましたように、「いまの実力で完璧にできるもの」
だけやっていては、いつまで経っても力は伸びません。ちょっと無理かなと
思えるものでもがんばってこなしているうちに、いつの間にか「あ、一段階
上がったな」と感じる瞬間が訪れるはず。

もっとも、そうなったらそうなったで、今度は「慣れと慢心」との戦いが
始まります。先は長いです。(嘆息)

◆編集後記◆
アースです。
きょうのお話は「慣れと慢心との戦い」で終わっていますけれど、
他にも「思い込みとの戦い」もなかなかに激しいものがあります。
考えに考え、そのときは「これしかない!」という結論に至った訳文
であっても、1日後とか数日後とかに見ると、「な、な、なんで
こんな訳?!」と自分でも目を白黒させてしまうことが少なく
ありません。
「考えすぎるからダメなんだ」と思って次はあまり考えないように
すると、必ず「思慮不足」の訳になります。すると次はまた考えすぎて
しまいます。延々とこれの繰り返しで、学習能力がまったくないんじゃ
ないかと自分でも呆れてしまうほど。
これに限らず、原文から離れすぎ/尊重しすぎ、見直しをしすぎ/しなさ
すぎ、時間をかけすぎ/かけなさすぎ、調査しすぎ/しなさすぎ・・と、
翻訳者というのは、ありとあらゆるところでバランス感覚を求められる職業
なんだなあとつくづく思います。
同僚がいるわけでもなく、上司がいるわけでもなく、すべて自分一人の
判断でやらなければならないので、余計に悩んでしまうのでしょうね。
翻訳者を名乗るようになってから、はやウン年。退職?するまで
同じことで悩み続けるのだろうなあ・・。

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