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2009年7月1日

 スペイン語翻訳者になろう vol.126

 こんばんは。アースです。
 明日の午前0時から“まぐまぐ”のメンテナンスがあるそうなので、
 本号は火曜夜の配信(でも気分で7月1日号にします)。

 少し前にホームベーカリーを買ったと書きましたが、あれ以来、ずっと
 愛用しています。市販の食パンとは比べものにならないくらいおいしい!
 というわけでもないのですが、材料を自分で把握できるので、何より
 安心です。
 そしてこの梅雨時。「カビるのが相当早い」ということがわかりました。
 裏返せば、市販の食パンはなんだかんだ防腐作用のあるものが入れて
 あるんだろうなあ、だからなかなか悪くならないのだろうなあ・・と。
 新しい発見でした。残念ながらカビてしまった部分はスズメさんに
 食べてもらっています。

 さて、きょうは久しぶりに「翻訳者の心構え」に関する話。
 ・・・いえ、そんなタイソウなものじゃないです。
 寝そべって読んでいただいてもいいですよ。
 それでは始めましょう。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃  アンテナを高く上げよう
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

先週号まで2週にわたり、civil を「民間」と「民生」とに訳し分ける
必要性についてのお話をしました。そして編集後記で

 もちろん、「最初からこの使い分けについて正確に知っていないと
 お話にならない」ということはありません。わからなければ調査すれば
 いいのです。それでも、まったくひっかかりがなければそのまま「民間」
 としてしまう可能性もありますから、こういうときに「他に言い方が
 あったような・・?」と思い出せるように、どこかの時点でその言葉を
 拾い上げることのできるアンテナを育てておくことがとても重要だと
 思います。この「ちょっとしたことにぴぴっと反応するアンテナ」に
 ついては、次週お話しする予定ですので、楽しみにしていてくださいね。

と書きました。

この「ぴぴっと反応するアンテナ」について説明するのはなかなか難しい
のですが、たとえば、あるカバンを買おうとして、

「この取っ手がいまひとつなんだけどなぁ〜。でも柄も大きさも
 文句ないしなぁ〜。しょうがないからこれを買おうか」

と考えたときに、ふと

「むかし、こんなカバンを買ったことがあるような・・? これと
 そっくりだけど、でも取っ手はこうじゃなくて、いまのわたしの
 希望通りだったような・・?」

と思い出し、家に帰って押し入れをひっくりかえすと、希望通りのものが
見つかった!やったぜ!というような感じです。

え、ぜんぜんわからない?

つまり、「過去に一度見たことがある(あるいは手にしたことがある、
買ったことがある、聞いたことがある)」という経験がほんのちょっと
でもあれば、頭の片隅に案外残るものである、と言いたいのです。
このことをこの文章では「引っかかる」と表現することにします。

上ではカバンの例を出しましたが、「言葉」や「知識」もまったく
同じです。過去に一回でも「引っかかった」ことがある言葉は、
意外なほど頭の中に残っています。これを利用しない手はありません。

ただし、「言葉」や「知識」は抽象的なものですから、カバンと
同じような調子では印象に残ってくれません。ただ文字を眺めただけ、
音を耳に入れただけでは、すぐに抜けていく可能性が大です。そこで
「言葉や知識にぴぴっと反応する専用アンテナ」が必要になるわけです。

さっきから「ぴぴぴぴ」うるさいですが、どんなふうに反応したって
OK。とにかく足の小指でもいいから引っかかること、これが大事です。
無理に表現すれば「好奇心」ということになるかもしれませんが、
そこまで強くなくてもいいのです。「なんとなく気にする(気になる)」
程度でじゅうぶん。

この「ちょっとのことでも引っかかるアンテナ」を持っているか、
あるいは何でも流して見たり聞いたりしてしまうかで、頭の中に
蓄積される情報量はずいぶん違ってくる・・と思います。

覚えたことをすべて意識していなくても構いません。必要になった
ときに、必要な引き出しをあけてそれを見つけることができるなら、
30年間ずっと忘れていたっていいのです。

人間とはすごいもので、頭の中の情報量がどれほど増えても、必要な
ときに必要なものを取り出せる能力をちゃんと持っています。どれだけ
うるさい場所にいても、自分の名前だけは聞き分けられるというのも、
これと似たような能力じゃないかなぁと思います。

でも、「なんでもかんでも情報を取得して頭に詰め込む」ということを
やっていると、そのうちパンクするのでは?と思ってしまいますよね。
いえいえ、さっきもちょっと言いかけましたが、「好奇心をびんびんに
してやたら知識を詰め込む」ことはしなくていいのです。「引っかかった
ものを拾う」だけでじゅうぶん。

わたしの経験から言って、義務的にそういうことをしよう(ありと
あらゆる情報をのみこもう)としても、なかなかうまく行くものでは
ありません。疲れますし、なにより興味のないことを無理やり覚える
のは楽しくありません。人生は楽しまねば。

だから好きな分野、あるいは興味が持続しそうな分野のことを、
ほんとにちょっとずつ、これまでより少し多く気にするだけでいい
のです。この「初めの一歩」だけは努力が必要かなと思います。
努力というほどではなく、「気にかけようと意識する姿勢」かな。

あとは流れに任せればよろしい。

「アンテナ」に引っかかる情報が増えてくると、今度はそれらの情報が
自動的に(有機的に?)絡み合って、ある事柄に対するぼんやりとした
認識が形作られるようになります。これまた、人間の脳のすごいところ。

ジグソーパズルをやり始めたときはまったく見えてこなかった絵柄が、
あっちの隅やこっちの隅でちょっとずつ意味のあるものになり、あるとき
突然、全体像が現れる・・というイメージです。情報の断片が無秩序に
散らばっているだけだったものが、突如として系統だった知識として
見えてくる、うれしい瞬間です。

ここまで来れば、そうそう忘れるものではありません。脳みそが勝手に
整理整頓を行うせいか、この「有機化(?)」は加速度がつくので、年を
経れば経るほど、整理された情報が頭の中で増えていきます。
(ある意味、「大人になる」ってそういうことかなあと思います)

もっとも実際には、まとまった情報として意識できるほどのものには
なかなかなりません。でも、断片的な知識や表現であっても、いつどこで
使えるかわかりません。とくに需要が少ないスペイン語翻訳の場合、
翻訳者はありとあらゆる分野の仕事を請け負わねばなりませんから、
いつか必ず役に立ちます。これは私たちの経験から言って
ほぼ断言できます。

みなさんも、きょうからほんのちょっとずつ、アンテナの捕捉範囲を広く、
捕捉深度を深くしてみてはいかがでしょうか。ひょっとすると、あっと驚く
大物がかかったりして?

◆編集後記◆
ピーチです。
文章修養の一策として、「紋切型の表現をできるだけ避ける」ことが
よく挙げられるようです。紋切型監視委員会末席研究員のわたしは、
他人様の文章の中に潜む紋切型にはすぐに気づくのですが、
自分ではなかなか気づいていないようである・・ことに時々気づきます
(紋切でない表現を考えるのが面倒で、便利に使ってしまうという
こともありますが)
つい使いそうになる「紋切」としていまパッと思いつくのは
「〜なのはわたしだけでしょうか?」
「〜なきょうこの頃です」
「〜は神のみぞ知る」
「〜な自分が怖い」
などなど。皆さんにもお手持ちの紋切、ありますか?

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